捨てる勇気を持つ。「いつかきっと」はやってこない。

1%の奇跡を待つのではなくその可能性を広げる活動をすべき

というお話です。

 

集まるブログ集客のプロデューサー
原田和彦(はらたかずひこ)です。

 

土曜日です。オフィスはとても静か。電話もほとんど鳴らないのでおもいっきり作業に集中できます。電話がどれだけシゴトの作業効率に影響を及ぼしているのか再認識できましたよ。

 

さて。今日のテーマは捨てる勇気についてです。37年生きて感じることは、本当に必要なものって意外と少ないんだなって思います。マーケティング色薄めです。でもビジネスパーソンならすこしは共感してくれるはず。

 

それではどうぞ。

 

いつかきっと・・・は「ない!」と振り切る

思い出してください。

 

「この提案資料いつか使えるかも」と棚に保管した書類。あなたは再び手にしたことありますか?「この小冊子はいつかわたしの役に立つ!」とパソコンのフォルダに保存したPDFファイルを読み返したことありますか?「いつか飲みましょう(会いましょう)」と約束し再会できたことってありますか?

 

ほとんどの方が「ノー」ではないでしょうか。

 

「行けたら行く」はその最たる例ですが「いつかきっと」「機会があれば」は実現しないものであるとわたしは考えます。

 

例えば、1年以上触れていない紙の提案資料・書類・冊子・雑誌・書籍や、PDF・パワポ・エクセル・ワードといった電子ファイル、ソフトウェア・アプリ・会員登録で止まっているウェブサービス、名刺やスマホに登録されている数多くの連絡先などは年末の大掃除を阻害する情報になる可能性が非常に高い産物です。

 

それでもあなたは『でもさ、役に立つものだって中にはあるじゃない!』と感じたかもしれません。それはおっしゃるとおりです。

 

でも、そのごくわずかな可能性によってあなたの人生に大きく影響を及ぼすような出来事が起こり得る確率はとてもとても小さなものだと思うのです。わたしにはありませんでした。

 

ですから、1年以上触らない物・情報はノイズとおなじ。行動を阻害する可能性のある悪性のもの。そう捉えることで「捨てる」という選択肢が生まれます。

 

捨てることは、新しい価値・体験を取り入れること

捨てる = ネガティブにとらわれがちですがそうではありません。コンサルティングをしている時に感じるのが「何をしたい?」という足し算より「何をしたくない?」という引き算の切り口による質問のほうがより本音が聞き出せたりするし、気付いていなかった価値観を発見できたりします。

 

右往左往している時、周章狼狽してしまった時、にっちもさっちもいかないなと感じた時、まわりにある物・情報を「捨てる」ことによってプラスに転じることは多々あります。

 

時には友人・知人、お客様すらも「捨てる」ことだって必要かもしれません。もちろん「捨てる」のですから痛みは伴います。その痛みから逃げるように「いつかきっと」「誰かがどうにかしてくれる」「来年には」「政権が変われば」「時代が変われば」にすがって生きるほうがよっぽど取り返しのつかない痛みを被るのではないか?

 

「いつか役に立つであろう」と思って残していたであろう産物を処理しながら感じたことはそんなところです。

 

それでは明日もマーケティングを楽しんで参りましょう!